簡単にはできない海外語学留学だからこそ、中身の濃い方法で自分の力に変えられる

2005年にニュージーランドに短期語学留学を試みた経験がある。
当時は幸運にも夏季休暇と有休を結合させて3週間の休みを取らせてもらうことができたので、この期間だけ可能な留学先を探してトライしたのだった。
その際の具体的なメモは「ニュージーランド語学留学の記録」をご覧いただくとして、7年以上経た今ならではの感想をすこしまとめてみたい。
なお語学留学での基本的な注意点は、以前の英会話教室での注意点がそのまま当てはまると思っている。留学先が大学の英語学習クラスなどの場合には、日本の大学が提携して学生を送り込んでいる場合が多い。行った先で日本語ばかりが飛び交っているという状況が普通にあり得るので、日本語は極力避けるという堅い意志を持たなければならないだろう。

(1) テキストからの離脱

(2) 実体験と学習の紐付け

(3) トライアル

(4) 目標設定とモチベーション向上

(1) テキストからの離脱

必ずしも良いことか(あるいは効果的か)どうかはさておき、テキストから脱した学習という意味で留学効果はあったと思っている。テキストベースでの学習は常に独学。孤独との戦いともいえる気がする。もちろんそれが骨となっていくのだから疎かにはできないし、留学の有無に関わらずテキストなどを使った学習は不可欠であると私は思う。
特に英会話教室に行っていない人は、ネイティブとの英会話に触れる機会は劇的に少ないはず。なので短期とはいえ留学はそれなりに意味があるのではないだろうか。
ただし気を付けなければいけないのは、観光として行ってはいけないこと。観光するつもりで情報収集を始めると、目的とは異なる方向に期待が膨らんで行って、最終的に語学の学習は成立しなくなる。もしアクティビティに参加したいと思うなら、現地ですべて英語で調達するようにすrのがいいだろう。可能であれば日本人が参加しないようなアクティビティをインフォメーションで聞いて参加するなどがよいかもしれない。ちなみに私はアクティビティはお金がかかるので(安くて一万円からだけれど面白くない。でも今から思えば行っておけばよかったかなとは思っている)、街中をうろついて店員との会話機会を得たりしていた。バスが安いのでバスで遠出をしたりはした。たまたま隣に座った人の好いおばあちゃんと会話したりすることもできたので、楽しかった。あとは宿舎の受付のお兄さんやお姉さんとも話をしたりしたかな。ホテルは使わずに大学付属の宿舎とかを使うと日本人がほぼ不在なのでよい。あと学校で情報を得て言語交換をやってみたり、地元の英会話教室のお試し講座に入ってみたり、パブに行って人の好さそうなおじさんに英語で話しかけてみたりと、割といろんなチャレンジは試みたつもりだ。英会話教室以上にコストがかかっているので、日本語は絶対使わないという覚悟は欲しいところだ。そうでなければ、せっかくテキストから離れても価値が薄まってしまうと思う。


(2) 過去学習の実体験との紐付け

過去に学習してきたことを実地で使用することの意義の一つに、それが単に記憶に留まっているという知識情報に加えて、実際に発話したり聞いたりという経験情報が結びついて強力になるということだと思う。私は別に脳科学についてはサッパリだけれど、繰り返し使うことによって記憶がより定着していくのは自らの体験で理解しているところだからだ。必ずしも留学体験だけがそれを成し得る方法論ではないと思うけれど、記憶に残るような大きな経験をすることは後々の自分の経験に大きく響いてくると思う。もっともそれはいまでこそ言える話で、当時はそういうことよりも単に留学経験をしてみたいということのほうが優先されていたので、後付の論理だと思っている。でもやはり、あの時の留学経験と、そこで学んだことは今に生かされていると思う。実際に学んだ知識についてもそうだけれど、あの場の雰囲気やコミュニケーションはそのままその後の英会話の経験に反映されているし、実際に今こうして英語や英会話に抵抗なくいられるのも、英語を通じた良質かつ高濃度の経験をしていたからだと思う。英会話教室と違うのは、ほぼ日本語から遮断されるということだ。その気になれば二十四時間英語漬けの環境があるわけで、一時間程度の疑似英会話密室とは比べ物にならないほどの緊張感とやりがいがある。これは間違いなくいえるだろう。そしてその時のプレッシャーなり緊張なりが、自分にとっていい刺激となることは間違いない。
これは若ければ若いほどいいのではないだろうか。学生の方で自分の所属する学校に短期留学のコースなどがあれば、多少お金がかかっても行っておくほうがいいだろう。ただし、友達と一緒に日本語で遊びまくってると、20万30万単位の金はあっという間に紙切れ以下の価値になり下がるので、よほど気を付ける必要があると思う。



(3) トライアル

すでに先でも触れてしまったものもあるが、私がこの時の語学留学でトライアルしたことはいくつかある。

・とにかく先生に質問しまくった
 文法であろうが単語であろうが、授業後に先生にとにかく聞きまくった。
・学内のアクティビティ情報を調べる
 学内には掲示板みたいなものがあって、そこには言語交換やサークル勧誘などがあった。言語交換は台湾人であったが実際に会って言語交換をした。私の場合ラッキーだったのは、相手が日本語学習をしていたにも関わらずずっと英語で話しかけたことだ。交換じゃなくてほぼ英語の会話に終始した。私にとってはラッキーだった。
・町に出よ、書を捨てよ
 テキストばかりで学ぶのではなく、街に出て店員と話をしたり、バスの乗客と話をしたりした。まあバスのおばあちゃんはたまたまだったが、パブでビールを飲みながらベルギー人のおじさんと英会話をして楽しんだ。ただし秋のニュージーランドは外は寒い。ストーブが出ていたが結構寒い。
・現地の英会話教室のお試し無料クラスの受講
 無料だったので受講してみた。もしよければ受講費も2万円程度(当時)だったはずなのでいいなと思ったのだけれど、文法中心だったのでやめてしまった。今思えば受講しておけばよかったと思う。たとえ文法中心学習でも、会話は常に英語が使用されていたので一石二鳥だったはずだ。
・本を借りる
 日本でも大手書店の洋書コーナーには揃えてるであろうペンギンブックスの英語学習者向けの薄手の書籍を借りて読んだ。もっとも1冊は授業の課題だったので結構頑張って読んだ。

ほかにも細かいトライアルはあったけれど、おおまかには上記の通り。
せっかく貴重な「英語だけの世界」にきたのだから、そこでしかできないことをトライしてみるがいいだろう。それが語学留学の醍醐味だ。
くれぐれも忠告したいのは、日本人とは絶対にツルまないこと。日本語で会話できる安心感は大きなものがあるだろうが、それではいったい何のために来たのか判らない。自腹切ってる人はたぶんそのあたり理解していると思うけれど、他人の金で留学する人はおそらくそういうのは気にしないかもしれない。でも必ず数年後に後悔することになると思う。
ちなみに私は北大の女子学生さんと現地で知り合ったのだが(いまでもオンライン上で付き合わせていただいている)、彼女は北大の語学留学の一環であっても一人でエントリーしていたらしく、一部日本人学生とのコミュニケーションはあったものの、英語での生活を維持していた。まあ私も何度かニュージーランド滞在中に彼女と交流させてもらったのだが、それ以外では日本人とはなるべくコミュニケーションしないようにはしていた。


(4) 目標設定とモチベーション向上

これはたぶん留学中にはできない。留学後の話だ。
留学してクラスに入って授業を受けて、最終日にはおそらく卒業(?)が待っている。卒業というか、要するにクラスの修了だ。
やはり、これは感慨深いものだ。自分がここで学んでいたんだという証明なのだから。
もちろん証明が自分の英語力をバックアップするものかというとそういうことはない。英語力はこの後も引き続き自分でどうにかしないと成長はないが、やはりこの証明をもらうことで自分がここでやってきたことを改めて実感できるということもある。ハタから見ればバカバカしいかもしれないのかもしれないけれど、自分が何週間か、あるいは何ヶ月かここで英語だけで過ごしてきたのだと思えば、涙の一滴も流れるほどだと思うのだ。一緒に勉強してきた、これまで全然関わりなんてなかった国の仲間たちとの別れだって、やはり寂しいものだ。自分の国の文化だけが自分の知識だった時代は、いまここで終わりを遂げるのだということを自認できるのは、おそらくこの瞬間しかありえない。
これを感じられるようであれば、今後の日本国内での学習の継続も、それほど難しいものではないはずだ。ああ、また自分はまた英語圏に行くのだと、認識さえすれば。本当に英語圏に行くかどうかは判らないけれど、その日を確信すれば、いつかそういう日がやってくるだろう。自分がそれを求めた行動をとるようになるから。

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